本と映画の埋草ブログ

本と映画についてあまり有意義ではない文章を書きます

小林信彦の「喜劇人に花束を」(新潮文庫)の再読と単行本との比較

f:id:umekusa46:20210629210218j:plain
「喜劇人に花束を『植木等藤山寛美』増補改題」
小林信彦
新潮文庫
1996年4月1日初版発行

「この作品は平成4年3月新潮社より刊行された『植木等藤山寛美 喜劇人とその時代』に、書き下ろしの第三部「伊東四郎」を増補し、改題した。」と巻末にある。


 2021年5月、小林信彦「決定版 日本の喜劇人」が刊行された。新潮文庫版で長く刊行されていた「日本の喜劇人」と、その続編といえる新潮文庫「喜劇人に花束を」を併せてまとめた、まさに〈決定版〉と言う書籍で、価格は3,960円!

 そんなタイミングで手元にあった新潮文庫版「喜劇人に花束を」を再読したら、異様に面白くて驚いた。何度読んでも面白いものは面白いのだ。
 植木等藤山寛美伊東四郎、三人のそれぞれの評伝という形式だが、改めて、これは芸人の評伝という形を借りた小林信彦の「自分語り」の小説だなあ、と思った。私小説である。なんだかグッとくる箇所が、直接芸人の方とは関係が無い部分だったりする。
 それは例えば、小林信彦が、渡辺プロ社長の快気祝いパーティーに出席した1968年の夜のこと。この日はクレージー・キャッツの新作映画の封切り日で、大ヒット間違いなしのはずが、観客の入りがいまひとつとの報が届けられることとなる。すなわち、クレージー・キャッツ人気の下降のはじまりを伝える場面なのだが、ここで小林は、東宝の社員のボヤキを聞いている。この東宝社員は高校の映画研究会仲間であり、もう一人、もともと渡辺プロと小林を引き合わせた東宝社員も同じ映研仲間であり、このパーティーに顔を見せていた。本文にこうある「三人が--二十年の時をへだてて--渡辺家の庭に立った、というのも奇妙ではないか。」
 これなど、かなり小林信彦の個人的な感傷の表れなのだが、ボヤキを聞きながら自分の意見を地の文で書いて、「説明することはできないし、したところで理解されまい」と綴る。こういうあたりの小林信彦の文章は、抜群にうまく、妙にカッコいい。

 さて、植木等にしろ藤山寛美にせよ伊東四郎にしても、結局舞台を見ていないことには話にならない、と小林は何度も記す。
 だから「ぼくはこの一冊でとりあげた以外の喜劇人を無視しているわけではありません。」とし、彼らのライブを見ていないので〈とんねるず〉について書くのを諦めた、とあとがきに記す。
 そして、実際に、自らの目で見たことのみを語ろうとし、だからこの評伝には、常に小林の姿がある。

 書棚を見ると1992年3月新潮社刊行のハードカバーの単行本「植木等藤山寛美 喜劇人とその時代」もあった。文庫「喜劇人に花束を」の元、つまり伊東四郎の章が加わる前の本。こちらの本の「あとがき」に、そのものズバリなことが書いてある。
 「そして、『日本の喜劇人』と本書の最大の違いは、ぼく自身が登場することにある。二人のすぐれた才能とぼく自身のかかわりあいを描きながら評伝にする作業は、決して容易ではなかった。」

 小林信彦のこのタイプの本では、ほかに「天才伝説 横山やすし」(1998年)、「おかしな男 渥美清」(2000年)、があり、ちょっと毛色が変わっているが「名人 志ん生、そして志ん朝」(2003年)がある。いずれも、すごく面白い。

 単行本「植木等藤山寛美 喜劇人とその時代」と文庫「喜劇人に花束を」の相違点を記録する。単行本「 植木等藤山寛美」は装画・挿画■河村要助 とクレジットされており、カバーおよび中のイラストが味のある河村要助のもの。文庫版「喜劇人に花束を」はカバー装幀「平野甲賀」のクレジットで、文字があの平野甲賀独特のものになっている。挿画は河村要助のものがそのまま受け継がれ、伊東四郎の章にも河村要助のイラストが追加されていて素晴らしい。ちなみに2021年の「決定版 日本の喜劇人」には河村要助のイラストは載っておらず、代わりに、新たに写真が豊富に収録されている。

 単行本は本編に入る前「同時代を生きた二人のすぐれた喜劇人、植木等藤山寛美が生涯に出会ったのは一度きりである」と始まる。この文章は、文庫版では「あとがき」に記される。文庫版「はじめに」は、伊東四郎の章が加えられたこともあり、新たに書かれたものだ。そして文庫版「あとがき」には単行本版の「まえがき」部分プラスアルファと資料などの列記。単行本の「あとがき」部分は、文庫版や〈決定版〉からは消えてしまった。
 2021年の「決定版 日本の喜劇人」は文庫版に準じているから、文庫版「はじめに」をそのまま掲載、文庫版「あとがき」は無くなっている。ただし、文庫版あとがきにあった〈とんねるず〉に関する記述は「決定版 日本の喜劇人」の巻末のインタビューで触れられている。
 当然のことながら、文庫版にあった吉川潮氏の解説は「決定版 日本の喜劇人」には無い。その解説によれば、文庫版「日本の喜劇人」解説は色川武大氏だっという。もちろん色川武大の解説は「決定版 日本の喜劇人」には無い。
 文庫版「日本の喜劇人」はかつて大切に読み、当然持っていると思っていたのだが、改めて探してみたが見つからない。いつのまにかどこかに無くしてしまったようだ。「決定版 日本の喜劇人」の加筆された部分はどこなのかを含め、やはり文庫版「日本の喜劇人」も、ブックオフで見つけたら買わなくてはならない、と思わされた。うーむ、きりが無い。
 といったわけで、小林信彦が書いてきた「喜劇人」に関する書籍について書いてみたが、私も人並みには笑いの芸人さんが好きではあるが、極端に好きなわけでもないと思う。にもかかわらず、小林信彦が描くところの芸人の評伝を面白いと感じるのは、これはもう、芸人について書く小林信彦の文章が好き、ということにつきるのではないだろうか。