本と映画の埋草ブログ

本と映画についてあまり有意義ではない文章を書きます

クリスティーの超有名作「アクロイド殺し」を読む

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 なぜだか急にアガサ・クリスティーのミステリーが読みたくなった。クリスティーの小説を読むのは、子供のころ以来ではないか。
 面白いと思ったことは記憶している。「そして誰もいなくなった」「オリエント急行殺人事件」「ゼロ時間へ」などを読んだのを覚えている。なんで、その後、もっと読まなかったのか。
 あまり読書をしなくなった現在だが、今読むことで、推理小説の女王が作った物語がとてつもなく面白いと感じるのではないだろうか、との期待があった。世間で名作といわれているものは、実際に面白いものであることを経験から知っているからだ。
 そんなわけで手に取ったのは、大ネタ「アクロイド殺し」。

 ミステリーファンの間では「フェアかアンフェアか」なんて論争が巻き起こるクリスティーの代表作らしい。
 このような超有名作すら読んでいなかったのですよ、私は。

 さて、「アクロイド殺し」はクリスティー初期の作品で、ポアロシリーズの3作目くらいであるとのこと。早川書房版と東京創元社版の2種類の翻訳が文庫で出ていて、私が読んだのは早川書房版の羽田詩津子訳(2003年12月15日初版発行)。

 以下、直截的なネタバレを記載しないが、「アクロイド殺し」の〈ネタ〉を知りたくない方は要注意。

 「フェアかアンフェアか」なんてのが議論される古典となると、それだけで「もしかして、アノ手か?」との先入観が生じてしまうのはやむを得ない。というわけで、先入観バリバリの私は、なんとなく構造的仕掛けとして「アノ手」ではないだろうか、と、けっこう早い段階にアタリをつけた。そして、実際にその予感は当たっていたのだけど、だからといって、この小説がツマラナイとは少しも感じなかった。いや、むしろ、かなり楽しく読めた。面白かった。

 それにしても、一見「アンフェア」に見えるこの小説の構造は、実にスキが無い。
 早川文庫版巻末の解説は笠井潔氏で、そこでは、この小説は一人称小説ではなく、「手記」という形式であることが意図的に強調されていると指摘しておられた。相当に練られた、そして読者に対して丁寧に説明されたミステリーといわざるを得ない。

 そして、「アクロイド殺し」の面白さは、なにも奇抜な小説構造上の仕掛けだけではない。
 「アクロイド殺し」が発表されたのは1926年だから、第一次世界大戦の後で第二次大戦以前。その時代、イギリスの上級階級で起こる殺人事件。この物語ではタイトルのとおり、アクロイド氏が殺されるのであるが、このアクロイド家の生活ぶりが興味深い。
 被害者のアクロイド氏は大地主。亡くなった妻の連れ子ラルフは成人してロンドンにいる。同居しているのは、死亡した弟の未亡人セシルとその娘(アクロイド氏の姪になる)美しいフローラ嬢。家族としては3人ということか。
 で、途中で各人のアリバイを整理するために屋敷に居た人のリストが出てくるのだが、アクロイド家で働く人の数が凄い。まず秘書、そして執事、家政婦、雑用係のメイド、コック、見習いメイド、部屋係のメイド、キッチンメイドの8人である。うーん、ゴージャス! なんという使用人の多さ! 一種のファンタジーと思える生活だ。英国式富裕生活!
 小説内では、この家族のアレコレが語られるわけである。さらに殺人の起こった日、ゲストとして招かれていたのは、猛獣狩りで名の知られた軍人である。こういうのが社交というものなのであろう。
 そして、そこで活躍するキザ極まりない台詞を口にする外国人名探偵がいわずと知れたポアロ氏である。これらの描写が面白くないわけがない。

 さらに、ミステリー小説の本質である謎部分も素晴らしい。
 読まれなかった手紙に記された謎の脅迫者、消えたまま行方の知れない義理の息子、屋敷を訪れていた正体不明の人物、移動していた椅子、誰かが落とした指輪などなど、読み進めていくうちに積み上がっていく謎謎謎。そして、終盤、実はこうだった、と知らされる登場人物たちの秘密と真相の連打。これぞミステリーの醍醐味ですね。

 といったわけで、いやあ、とても楽しく読み終えました。良いですね、クリスティー
 そんなわけで、他のクリスティー小説をもっと読んでみたくなったのと同時に、かつて見た「ナイル殺人事件」のような、豪華で美しいクリスティー 映像化作品も見たくなった。
 なあんて思っていたら、「ナイル殺人事件」再映画化で2021年公開なのですね。コロナの影響でどんどん公開が延期されてきたみたいですが……。