本と映画の埋草ブログ

本と映画についてあまり有意義ではない文章を書きます

破滅型漫才師をクールな作家が描く。「天才伝説 横山やすし」

f:id:umekusa46:20210915213800j:plain

「天才伝説 横山やすし
小林信彦
文春文庫
2001年1月10日初版発行

初出「週刊文春」1997年5月1日・8日合併号~1月6日号
単行本1998年1月 文藝春秋

 作家小林信彦には芸人に関する著作が幾つかある。あまりに有名な「日本の喜劇人」(1972年)のほか、
 1992年「植木等藤山寛美 喜劇人とその時代」のち伊東四朗の記述を加え、文庫本「喜劇人に花束を」
 1998年「天才伝説 横山やすし
 2000年「おかしな男 渥美清
 2003年「名人 志ん生、そして志ん朝

 さて、「天才伝説 横山やすし」は小林信彦原作の映画「唐獅子株式会社」映画化の話がメインとなる。
 ギャグ小説「唐獅子株式会社」映画化にあたり、横山やすしを主演にするため、小林信彦自らが動いた、という経緯がこの本で語られる。
 小林信彦はより深く、必要以上に横山やすしと関わることとなる。

 小林は芸人の姿を作品に残す場合、とてもドライに描写するのが特徴。書き方がちょっと冷徹過ぎるのでは、と心配になってしまうほど。
 そんなシャイな東京人の小林信彦とは、まるで水と油のような印象なのが、横山やすしである。
 なので、非常にスリリングな描写が連続する。

 横山やすしはご存知の通り、酒と暴力によって自滅してしまった芸人だが、小林は、もしかするとそうならなかったかもしれない「もうひとつの理想的な芸人人生」のようなものを考えている。映画「唐獅子株式会社」が大ヒットしてシリーズ化していれば、あるいは横山やすしは……。1983年公開の映画「唐獅子株式会社」は興行的に成功したとはいえない成績だった。
 小林信彦の書く文章であるから、この「もしも」は直接的に書かれているわけではないが、その思いが小林にあり、少なくとも映画「唐獅子株式会社」主役に引っ張り上げた自覚が、この本を書く動機となっていたようだ。
 「目覚めの悪さ」というふうに小林自身が言及している。

 基本的に小林の描く芸人に関する本は、小林自身の視点、体験を元にしているので、芸人の評伝とか伝記というより、小林の私小説に近いものになっている。なので、この「天才伝説 横山やすし」もまるで私小説のようだ。
 「唐獅子株式会社」映画化がどんどん進んで行くあたりの描写は具体的で迫力がある。
 曽根中生監督、プロデューサー、脚本家笠原和夫、吉本の関係者などが実名で登場する。

 映画はずいぶん前に多分ビデオで見ている。原作とはまったくテイストの違うコメディだった記憶で、詳細は覚えていない。原作は乾いたギャグの数珠繋ぎの洒落たもので、確かにあのままでは映画にならないタイプの小説と感じていた。
 なにせヤクザの親分が流行りものに弱く、突如出版を始めたり放送を始めたりスター・ウォーズを始めたりするパロディ小説で、人情喜劇的なものとは真逆にあるような話なのだ。

 それにしても巻末の年表によれば横山やすしが亡くなったのは51歳の時であり(現在の私よりもはるかに年下であるのが衝撃的だ!)、活躍の期間があまりに短い。飲酒運転で事故を起こし吉本興業を解雇されたのは45歳のころである。そしていわゆる漫才ブームだった1980年ころ、横山やすしは35歳くらいだったのだなあ。